首都圏離れ復興担う (地域再生 震災が問う)  :日本経済新聞

首都圏離れ復興担う (地域再生 震災が問う)  :日本経済新聞

東日本大震災を契機に、国内の人口移動に新しい潮流が生じている。首都圏から地方へ移住する流れが生まれ、その一部は復興支援のため被災地に向かう。人口の流動化は地方にとって地域活性化に欠かせない人材確保の好機になる。震災がもたらした変化が各地に及ぼす影響を探った。

 2月末、岩手県陸前高田市内の仮設商店街に起業する人のための貸しオフィスが誕生する。運営するのは震災を機に陸前高田にUターンした岡本翔馬さん(28)。郷里の復興のため、一般社団法人「SAVE TAKATA」(東京・世田谷)を設立、陸前高田に現地事務所を開いて復興に携わる首都圏の企業と地元の人を橋渡ししている。

■郷里のため退職

 岡本さんは仙台市内の大学を卒業後、東京で建築デザイナーとして働いている時に震災に遭った。毎週末、郷里でボランティアを続けるうち支援者と被災者の微妙な溝に気付く。「間を埋められるのは地元を出て東京に住む自分しかいない。地元のために人生をかけてもいい」と昨年5月に退職し、郷里に戻った。

 震災後、岩手、宮城、福島3県は転出数が転入数を上回る状況に拍車がかかり、3~5月は前年同期の3倍以上の規模に膨らんだ。ただ岩手、宮城両県では昨夏から人が戻り始め、7月以降、11月まで5カ月連続で転入が上回っている。

 自治体や企業が参画して移住を支援する移住・交流推進機構(東京・中央)は「被災地で復興に携わるため移住する人が増えている」と分析する。復興支援で移住する傾向は福島県でもみられる。

ふるさと復興会議で発言する移住者の戸田さん(21日、福島県南相馬市)

 21日、福島県南相馬市で移住支援団体が復興に移住者の声を反映させようと開いた「ふるさと復興会議」。震災後に東京から移り住んだ俳優・声優の武藤与志則さん(49)や、埼玉から移住したカフェ店経営の戸田光司さん(40)が出席した。武藤さんは南相馬でご当地ヒーロー映画を撮影して各地で公開する計画を紹介した。

 会場で聴いていた市復興市民会議委員の岩橋光善さん(67)は「都会とつながりのある移住者は発信力がある。南相馬の実情を都会に伝えてほしい」と歓迎する。

 福島県でも移住者の増加などから5~7月は転入が増えた。市町村別にみると、59市町村のうち、震災後に県外からの転入が前年より増えたところが12市町村ある。「Uターンが増えた」という西会津町は県外からの転入が前年の47人の2倍近い82人に上る。

■移動減に歯止め

 総務省の人口移動報告によると、3~11月に都道府県間で住民票を移した人は前年同期に比べ0.5%増加した。都道府県間の移動者は10年まで15年連続で減っていたが、震災がこうした傾向に歯止めをかけ、全国的に人の移動を促している形だ。

 各地域の動向をみると、首都圏への転入が減少する一方で、北海道や九州・沖縄など人気の移住地では増えている。島根県が昨年、東京で開いた移住相談会は前年より100人ほど多い242人を集めた。東日本が多かった首都圏からの移住先が西日本にも広がりを見せている。

 全国各地の移住情報を提供する特定非営利活動法人(NPO法人)ふるさと回帰支援センター(東京・中央)の高橋公専務理事(64)は「移住を決めかねていた人が震災で都市居住のリスクを実感し、移住を決断し始めた。地域間の競争も激しくなる」と話している。

2012-01-26 16:15

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被災地に「復興支援員」、住民と行政の橋渡し役 : 巨大地震 : 特集 : YOMIURI ONLINE(読売新聞)

総務省は、東日本大震災の被災地に、住民と行政の橋渡し役となって地域再生を後押しする「復興支援員」を配置することを決めた。

 仮設住宅などで暮らす被災者の生活支援や、街づくりに向けて住民意見を集約する際の手助けなどを行う。同省は、新年度は岩手、宮城、福島県などで100人程度が配置されると見込む。希望する自治体にはすべて配置し、数百人~1000人以上になることも想定している。

 復興支援員は県や市町村が民間から募集して採用し、自治会や町内会単位で地域を担当する。支援員になる人は、被災地に居住するか通うことができるNPO関係者やボランティア経験者、地元で生活する被災者らを想定。自治体の嘱託職員となったり、自治体が委嘱するNPOと雇用契約を結んだりする。

 支援員には、交通費や会議費など活動経費のほか、1人あたり年200万円以内で報酬が支払われる。報酬などの財源には国の特別交付税を充てる。補助対象は岩手、宮城、福島、青森、茨城、栃木、千葉、新潟、長野の9県と復興特区対象地域の222市町村(11道県)。近く募集を始める自治体もある。

2012-01-21 01:32

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イノシシよけに効果 アオノクマタケラン - AGARA紀伊民報

イノシシよけに効果 アオノクマタケラン - AGARA紀伊民報

和歌山県串本町須江の京都大学フィールド科学教育研究センター紀伊大島実験所は、県のレッドデータブックで絶滅危惧2類に分類されているアオノクマタケラン(ショウガ科)をイノシシよけに使う実験をしている。イノシシの通り道に葉を敷いたところ、イノシシが寄り付かなくなった。新たな獣害対策として期待されている。

 紀伊大島でここ数年、イノシシによる農作物被害が急増している。かんきつ類などの畑が荒らされ、実験所の敷地内でも木の根元が掘り起こされるなどの被害が出ている。

 アオノクマタケランは島内に自生しているほか、住民が出荷用に栽培している。実験所の梅本信也所長は、敷地内でアオノクマタケランが自生する所の周囲がイノシシに荒らされていなかったことから、アオノクマタケランのイノシシよけ効果に注目。10月8~23日と11月3~16日にそれぞれ、イノシシが出没する敷地内の各所にアオノクマタケランの葉を敷いて実験した。

 10月の2週間はまだイノシシが出没する日が少なかったが、イノシシは葉の敷いた場所を荒らしていなかった。11月の2週間はほぼ毎日イノシシが出没したにもかかわらず、葉の敷いた場所を荒らした形跡はなく、引き返していた。

 梅本所長は「イノシシは目がほとんど見えず、嗅覚を頼りにしている。アオノクマタケランの葉には、土壌中の餌のにおいを中和する働きがあるのではないか。イノシシにとって葉を敷いた所では暗闇同然になるため、それ以上は近寄れないのだろう」と分析する。

 さらに、消臭効果があるといわれる木炭を使って同様の実験をしたところ、同じようにイノシシは寄り付かなかった。梅本所長は「実験所を拠点にしてイノシシ対策を考えていけたら」と話している。

【イノシシに荒らされた所にアオノクマタケランの葉を置く梅本信也所長(和歌山県串本町須江で)】

2012-01-13 19:46

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asahi.com:木質チップで発電所-マイタウン山梨

asahi.com:木質チップで発電所-マイタウン山梨
 ■剪定枝活用 灰は肥料に 2016年 運転開始予定

 木材を砕いたチップを燃やして発電する「バイオマス発電所」の建設計画が大月市で動き出した。発電規模が大きく、チップを燃やした後の焼却灰を肥料として再資源化する、全国的にも珍しい「完全循環型」となる見通しだ。

 事業主体は、新エネルギー事業を進める環境計画(本社・群馬県渋川市)と大月バイオマス電力。建設予定地は大月市笹子町白野地区の1・9ヘクタールで、2014年初めに着工し、16年2月に運転開始の予定。

 木質チップを燃やして発生させた蒸気でタービンを回して発電する。出力は1万1500キロワット。一般家庭2万世帯分をまかなえる電力で、木だけを使うバイオマス発電所としては国内有数規模となる。このうち1万キロワットは売る。

 環境計画の森一晃取締役は大月市に立地を決めた理由について「山梨県内と首都圏を含む半径50キロ圏内から燃料の木質チップを効率よく調達できるため」と語る。ごみとして処理されている街路樹や公園、果樹の剪定(せん・てい)枝を主な原材料に見込んでおり、廃棄物処理業者からそれらを買い取る形になる。

 年間に必要なチップ燃料は12万トンと大量なため、大月市はじめ県内の豊富な森林資源も「コスト的に引き合うなら積極的に使っていきたい」としている。製材後に出る木の樹皮や質の低い間伐材の利用が考えられそうだ。

 生木から出たチップだけを燃料として使うため、燃えがらを粒にして土壌改良用肥料に加工。ホームセンターなどで売る計画だ。

 石井由己雄市長は11日の定例記者会見で、「100%循環型の発電所は環境を重視
する大月の施策にかない、農林業への波及効果も大きい」と期待した。林業関係者も
「間伐材が必要になれば山林整備に弾みがつく可能性がある」(北都留森林組合)と注目する。

 地域住民の同意は昨年中に取りつけた。環境影響評価の方法書が1月初めに県に提出され、現在大月、都留、甲州3市で縦覧されている。環境計画によれば、発電所建設に向けて出光興産などが出資の意向を示している。

(永持裕紀)

2012-01-12 18:35

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都会の疲れ癒やされる : 森とともに : 企画・連載 : 山梨 : 地域 : YOMIURI ONLINE(読売新聞)

都会の疲れ癒やされる : 森とともに : 企画・連載 : 山梨 : 地域 : YOMIURI ONLINE(読売新聞)

上野原市の市街地にほど近い八重山の森は、スギやヒノキがひょろひょろと伸び、地面にはササが生い茂る。日中だというのに地表に日光が届かず、生き物の気配もない。

 「こういう森は根が張っていないから、大雨で全部流されてしまう」

 北都留森林組合(上野原市)の参事、中田無双(なかだむそう)(44)は、手入れが行き届いていない「暗い森」の中で、改善策を練っていた。

 伐採の計画や販売ルートの確保、森林体験イベントの実施といった企画立案を担う参事職に就いているが、時間を見つけて現場に入るよう心がけている。

 上野原市、丹波山村、小菅村の森林を整備する同組合。同市にある小さなプレハブ事務所には、日が暮れると、山で間伐や枝打ちなどの作業を行っていた技能職員が次々と戻って来る。「作業の進み具合はどう?」「次の体験教室の準備はどうしようか」といった会話が飛び交い、雰囲気が明るくなる。

現場作業を終えた技能職員が戻って来て活気づく北都留森林組合の事務所。次の日の打ち合わせなどが行われる(2枚とも上野原市上野原で) 「八重山の森」で整備の方法を検討する中田さん。約30年の樹齢なのに、幹が直径20センチほどにしか育っていないのは、手入れが行き届いていないから。試行錯誤は続く

 技能職員33人中20人以上が、東京都や神奈川県などからやって来たIターンの就職者。平均年齢も40歳で、高齢化と後継者不足に悩む業界では異例の若さだ。

 組合専務の長田助成(おさだじょせい)(69)が「あと10年で山に入る人がいなくなる」と危機感を持ったのは1990年代前半。技能職員の平均年齢が68歳に達し、後継者がいなくなりかけていた。

 会社を辞めてUターン帰郷していた30歳代の男性を強引に誘ったところ、「山の仕事が楽しい」と組合で働くようになった。

 20歳代の地元出身者を引き入れることにも成功すると、ベテラン職員は2人に林務技術を教えるようになった。手作業に頼る昔ながらの雰囲気を薄めようと、重機も新たに導入。組合は、にわかに活気づいた。

 「若い希望者をどんどん採用しよう」。積極策の結果、この20年で30人以上の若者が組合に入った。ボーナスや月給制を導入し、2年目まで入居できる寮も用意した。地元出身者の採用は減ったが、都会からは毎年3人以上が集まった。

◎   ◎

 中田は東京都足立区の出身。東京都内の大手書店で、研究者に洋書や論文集を売り込む営業マンだった。ある時、付き合いがあった大学の研究者に「森は面白いぞ」と切り出された。日本の人工林が伐採時期に入ったことや、木材価格の下落で森林整備が追いつかないことなどを聞き、林業に興味を持った。

 1999年、組合の林業体験に参加。昼夜を問わず働き、休日も接待ゴルフが続いていた中田は、体験を通じて「都会の人は森でリフレッシュできる」と確信した。

 2001年、組合に転職。都市生活者の関心を森に向ける「森のコンサート」などの企画書を携えていた。「山仕事には向かない」という周囲の評価だったが、長田は07年、企画力を買って参事に引き上げた。

 ここ数年で一般的となった「企業の森」は、「東京の会社に山を奪われる」という警戒心が地元に渦巻き、当初はうまくいかなかった。中田は都会の小中学生をできるだけ多く林業体験に招き、子どもたちが喜ぶ姿を見てもらうことで、「都市生活者が山に関心を持っている」「山を活気づけるチャンス」という意識を浸透させていった。

 その結果、小菅村にJT(東京)とホンダ(同)、丹波山村に東急ホテルズ(同)を招致することに成功。企業の支援で下草刈りが行われるようになり、間伐体験に訪れた社員が観光施設などに立ち寄っている。

 中田には「山の価値観と都会の価値観の通訳をする人が必要」という都会育ちだからこその信念があった。

◎  ◎  ◎

 中田は小菅村で、村唯一のパン店を営む妻・雅子(43)と暮らす。「都会からIターンした森林組合の人間が、山のシンクタンクの役割を果たせればいい」。これからも、森に新風を吹き込み続けるつもりだ。(敬称略)

2012-01-05 11:18

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太陽光で発電する外壁材…パネル不要、低コスト : 環境 : YOMIURI ONLINE(読売新聞)

太陽光で発電する外壁材…パネル不要、低コスト : 環境 : YOMIURI ONLINE(読売新聞)

三菱ケミカルホールディングスは、太陽光で発電する新型の外壁材を2013年中に発売する。

 屋根などに設置場所が限られるパネル型と異なり、日当たりがよいマンションなどの壁面として使える。再生可能エネルギーの普及に弾みがつきそうだ。超高層ビルの壁に使えば、1、2棟程度でも大型の太陽光発電所(メガソーラー)並みの発電能力を得られるという。

 新たに開発したのは、現在使われているシリコン半導体の代わりに、石油などから作る有機物の半導体を使う有機太陽電池で、現在のパネル型太陽電池より薄くて軽い。光のエネルギーを電力に変換する効率も約11%で、実用化できる水準に達している。発電能力は1平方メートルあたり80ワット程度で、現在使われている一般的なパネル型(変換効率14~15%)の6~7割程度の発電ができる。

 有機太陽電池は重いガラスの基板を使う現在の太陽電池より製造も容易で、生産コストはパネル型の10分の1程度に抑えることもできるという。

2012-01-02 21:53

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asahi.com(朝日新聞社):ドラム缶と廃材で「ロケットストーブ」 エコで注目 - 社会

asahi.com(朝日新聞社):ドラム缶と廃材で「ロケットストーブ」 エコで注目 - 社会

身近な材料で作れて、燃焼効率もいい「ロケットストーブ」が、注目されている。廃材や間伐材を燃料にでき、石油などの化石燃料や電気もいらない。原発事故後、脱原発や自然エネルギーに関心がある市民らに広がっている。被災地の冬にも活用できそうだ。

 まきストーブの一種で、大きさの違うドラム缶を重ねたり、金属管の外にれんがを積んだりして断熱された燃焼塔を作る。そのことで火の通り道を高温状態に保ち、燃焼効率を高め、燃料を完全燃焼させられるのが特徴だ。

 燃焼塔の中で上昇気流が起き、熱気を強く吸い上げることなどからこの名がついた。1990年ごろ米国で発明、2006年ごろから日本に伝わったという。

 福岡県糸島市で鉄工で様々な実用品を作る「鉄工士」の松園和正さん(38)はネットで調べて自作した。一斗缶、ドラム缶などを使用。少ないまきでも素早く強く燃えた。煙もほとんど出ず、建築廃材や竹も燃料になった。鉄工所のほか、自宅居間のまきストーブを改造し、日常の暖房にも使う。「ごみになる廃材や間伐材を燃やせ、エネルギーを有効活用できる」

2011-12-23 14:28

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asahi.com:延びる「エコ林道」-マイタウン高知

asahi.com:延びる「エコ林道」-マイタウン高知

伐採した木を効率よく運び出すため、須崎地区森林組合が須崎市の山林で大型トラックが乗り入れできる基幹作業道の整備を進めている。「四万十式」と呼ばれる道幅が狭いエコ作業道の技術を改良し、道幅を3・6~4メートルに広げてエコも効率も両立させた。

 同市下郷から上分乙にまたがる約330ヘクタールの山林は2008年度、放置された森林を再生する県の「森の工場」に認定された。約50人の山林所有者の意向を組合がとりまとめ、所有者に代わって林業を担い、利益を所有者に還元することになった。

 組合は10トンクラスの大型トラックの乗り入れを想定し、標高約400メートルの山頂を越えて山林を縦断する約15キロの基幹作業道づくりを計画。09年から工事を始め、これまでに約3キロが完成している。

 「四万十式」(表土ブロック工法)は旧大正町(現四万十町)の林業担当職員らが考案したエコ作業道。外から材料を持ち込まず、現場で有機物の多い表土と樹木の根株を組み合わせて路肩を固め、斜面を削った土を盛り土に利用する。低コストで生態系への影響も少ないのが利点だ。

 しかし四万十式は道幅が2~3メートルと狭く、3・6メートル以上が必要な大型トラックは通行できない。3~5人で進める作業の班長・市原靖哲さん(34)は「四万十式でできるかどうか不安もあった」と打ち明ける。

 課題は道幅を広くすれば表土のはぎ取りが難しいことだった。市原さんは最初は丸太を組んで路肩を補強する木組み工法を併用しながら工事を進めた。その間、使用する大型重機の手指にあたるバケットの形状を改良したり、路肩の強度を上げるために表土と根株を埋める位置を変えたりして試行錯誤を続けた。

 ◇草木育ち、路肩補強

 2年目の昨年、市原さんは四万十式だけに切り替えた。1年目に通した四万十式の道の路肩からは、早くも草が生えていた。含まれていた植物が根を張り、自然の力で補強されていた。

 作業道の開通は5年後の予定だ。「伐採した木がこの山から出て行く姿を見たい。いろんな人が入ってきて、山のおもしろさと不思議さを知ってほしい」。市原さんは、道ができて手入れが行き届くようになった美しい山林を思い浮かべている。(釘田寿一)

2011-12-23 14:27

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「『森里海連環学』をとおして日本の自然を再考する」 フィールド科学教育研究センター 柴田昌三センター長 : 京都大学 品川セミナー : 企画・連載 : 関西発 : YOMIURI ONLINE(読売新聞)

「『森里海連環学』をとおして日本の自然を再考する」 フィールド科学教育研究センター 柴田昌三センター長 : 京都大学 品川セミナー : 企画・連載 : 関西発 : YOMIURI ONLINE(読売新聞)

日本の自然は20世紀後半から急激に荒廃していった。荒廃したというより、むしろ使われなくなり、放置されたというイメージが適切かもしれない。高度経済成長期以降、日本では自然を軽視、無視する傾向が広がった。

 自然の摂理を考えず、効率のみを追求したことで、たとえば、化学肥料や農薬が大量使用されるようになった田んぼは、カエルや虫も鳴かない妙に静かなものになっている。

 植林地に関しては、高度経済成長期に、非常に広範囲な植林が行われた。終戦直後から20年間ほどで、日本の人工林の面積は2倍になっている。それらが今、ちょうど良い伐採期に来ているが、伐って木材に利用するということがなされず、外国から安価な木材を輸入している。せっかくの山の資源が放ったらかしにされている。

 私は里山の再生や竹の生態を専門としているが、里山でも大きな変化があった。里山は薪炭、落ち葉の肥料といったものを得る空間だったが、燃料はガスや電気、肥料は化学肥料になったので、里山は不要になった。

 海では資源量が減少傾向にある。沿岸海域で海藻の多くが死滅する「磯焼け」という現象が全国各地で発生し、問題視されている。

 このように顧みられなくなった自然に対して、学問の世界はどうだったのかというと、縦割りのまま21世紀に入った。私は森の研究者だが、森の専門家は森しか見ないし、海の研究者は海だけを扱う。それぞれ「最近、森はうまくいっていないね」「海も資源生産がうまくいっていない」とは言っていたが、そこにとどまらず、自分の専門領域だけでは問題が解決できないということに徐々に気づいていったのが、今世紀の初め頃だと思う。森から海まですべてをまとめて見ないと、本当の問題解決はできない。そうした中で誕生したのが、「森里海連環学」だ。

◆総合科学として誕生した森里海連環学

 フィールド科学教育研究センターは2003年、理学研究科と農学研究科に所属していた各地の演習林や実験所などを統合し、設立された。森里海連環学は、森や海の研究者が一つの新しい組織に集まった時、森から海に至るまでまとめて見るような視点を持った研究を、共通項として始めるために提案された。

 難しく言うと、「森林・里・沿岸の各生態系のつながりを、自然科学・社会科学の両面から解明することを目指す総合科学」となる。

 生態系はそれぞれ独立しているのではない。一つの生態系が荒廃すると、他の生態系も一緒に衰退していく。逆に言えば、どこかの生態系が再生すれば、それにつながっている生態系も回復できるのではないか―――という考え方だ。

 「森川海ではなく、なぜ里が間に入っているのか」という質問をよく受けるが、これはまさに社会科学の視点を入れたかったからだ。自然科学系の研究だと、人間の活動は邪魔にしかならず、人間の影響のないところで山や海がどのように影響し合っているのかということを知りたくなる。だが、生態系への影響では、人間の活動は無視できない。だから、あくまで里を入れなければならないと考えている。

◆山が回復すれば、川も海もまちも豊かになる

 森里海連環学の実証研究は、文部科学省の概算要求事業(プロジェクト分)として本格的にスタートした。正式名称は「森里海連環学による地域循環木文化社会創出事業」で、普段は「木文化プロ」と呼んでいる。

 森から海に至る循環の基本にあるのは木文化であるという思いを、我々は強く持っている。「山から木を伐ってきて暮らすこと」にとどまらず、山の環境が昔のようになれば、川や海やまちといった下流にある環境や人々の生活も良くなる。そういう考え方をすれば、すべてが木文化であると言える。

 我々は適切な管理で森林を回復させれば、川や沿岸の生態系も豊かになると考える。それを科学的に実証したい。また、生態系とともに地域も潤うために、資源利用のあり方も提案したい。

 鍵を握るのは、生態系の最上流にある森林だと考えている。日本の森林面積約2500万?のうち、植林地は約1000万?を占めている。ところが、その多くは今、木材が売れないといった理由で放置されている。

 ちゃんと管理された人工林では、地面にも光が十分届くので、他の植物がいっぱい生える。これを「下層植生」と言うが、管理が行き届かない人工林では木々の密度が高くなって光が届かず、林床に下層植生が成立しない。これができないと大雨などの際に表土が流れやすくなり、災害につながる。生物の多様性も失われる。

 皆さんの中には、木はあまり伐らない方がいいとお考えの方もおられると思う。反論もあるかもしれないが、我々はこう考えている。手をつけてはならない森林は、屋久島や知床半島にあるような原生林だけであり、人間が一度手を加えた森林は、途中で投げ出してはならないと。人工林や里山という空間は、何百年も、場所によっては1000年以上も人間が手を加え続けてきた。それを40~50年放棄したために、森里海連環学を言わなければならなくなった。

◆森林管理モデルを追求

 現在、京都府北部の由良川水系源流部上谷流域と高知県の仁淀川水系安居川流域の2か所で、地元の自治体や林産企業組合、NPO団体などの協力を得ながら、森林管理のモデルとなる取り組みを進めている。

 木々の間引き密度を変えるなど異なる間伐方法で管理した植林地の生態系の変化を追跡するとともに、下流の河川や河口の水質や生物相なども調べている。そして、間伐、伐採した木が資源としてどのように社会で使われていくのかをきちんと評価し、調べた上で、もっといい使い方がある場合はそれを提案してみたい。

 森林管理が森に与える影響を考えてみよう。

 これまで植林地と里山を例に挙げたが、それぞれやることが違う。利用目的が異なるからだ。植林地は、言ってみれば木材生産の「畑」であり、それを放っておいたために森の状態がおかしくなった。だから間伐をして、より健全な木材を生産する。最終的にはすべて伐り、次を植える。

 植林地の管理を、地球温暖化防止に結びつけることもできる。木材はCO2(二酸化炭素)の固まりであり、ストックであると言える。国内産の木材をまちで使い続ける限り、この中に含まれているCO2は大気に出ていかないので、ストックとして維持される。山で木を伐って次を植えると、そこでまたCO2がストックされる。植林地をもう一度管理することは、CO2のストック量増加につながる。

 一方、里山の管理では、植林はしない。里山の木を伐ると蘖(ひこばえ―草木の根株から出る芽)が生じ、それを放っておくと大きくなる。それをまた伐る。伐るという行為だけで、樹木が若返る。ただし、植林はしなくていいが、30年周期くらいで伐り続けないといけない。

 間伐、伐採によって光がよく入るようにすれば、林床に下層植生が戻る。そうなれば、植林地も里山も土壌が豊かになり、多様な生物が住み着くようになる。

 森林管理が生物相に与える影響としては現在、鳥類の生息変化を調べている。放置された植林地では、鳥類相はあまり豊かではないが、周辺には落葉広葉樹林やその下層植生を生息地とする種が豊富におり、人工林であっても下層植生が豊かになれば、それらの鳥がやって来ると期待している。

 効率的な森林管理を追求することは、現在の林業が抱える様々な問題を解決することにもなる。研究対象地の仁淀川水系安居川流域は、急峻(きゅうしゅん)な地形の中で細分化された民有の人工林が広がっている。ここで木材の生産と搬出をうまく行うことができれば、人工林は健全になるし、周辺集落も元気になるだろう。所有者の同意を取り付け、ひとまとめにして森林管理ができるようになれば、林道を延ばしたり、機械を導入したりといったことが可能になる。その際には、あまり生物の多様性を乱さないようなやり方を選びたいと考えている。

◆地域の文化を知ることの重要性

 研究を進めていくうちに、当初はあまり意識していなかったものの、「これは外せない」という課題が出てきた。キーワードは、文化だ。生態系を良くする、生活を良くする、というところまでは考えていたが、生活を良くするには文化が必要であることに気づいた。さらに、文化を理解しようとすると、歴史を知らなければならなかった。

 仁淀川水系安居川流域を選んだのは人工林率が高かったからだが、かつてはこれほど人工林が多くなかったことが、調査の過程でわかった。山の中腹以下は棚田で、その上は焼き畑として使われていた。棚田だったということは、かつては水が豊かだったはずなのだが、今では枯れた谷ばかりになっている。おそらく棚田の跡地に植えた木がどんどん水を吸っているために、水が谷へ落ちていかないのだろう。

 そうしたことは、現地に行って初めてわかった。地元の方に尋ねると、古いところでは約50年前まで棚田として耕作され、山の上にはほこらがあったという。ほこらの場所は、昭和の初め頃は街道筋で、土俵も作られていて、春と秋には奉納相撲が行われていたそうだ。今では全く人気(ひとけ)がなく、「なぜこんな山奥に」と思ってしまうのだが、以前は交通の要衝であり、信仰の場だったわけで、全く違う風景が広がっていたはずだ。過疎化が進み、農地としての棚田が放棄され、跡地には植林がなされたものの、それもまた放置された。

 今の風景に惑わされては、歴史は見えない。こうしたことを知った上で調査を進めないと、地元の方の理解は得られないし、地域の生活についても語れない。

 おじいちゃん、おばあちゃんも、ほこらの傍まで林道ができたことをとても喜んでくれた。地元の人々の生活に役に立っていることを改めて実感できた。山村を支えてきた文化の再生を手伝うことができればと考えている。

 我々は自然の恵みによって生活と文化を維持してきた。単に恵みを受けるだけでなく、上手に維持、管理して利用する技術を経験から得てきた。だが、技術や経験を知る人がどんどん減っている。森里海連環学は、それらを失わないために始めた。このスケールで取り組んでいる大規模野外フィールド実験は他にないのではないかと思う。

 やらなければならないこともどんどん増えている。多くの方々に参加していただき、木文化社会、地域循環社会を目指したい。

□しばた・しょうぞう□ 1988年京都大大学院農学研究科博士後期課程修了。京大助手、同北海道演習林長などを経て、2007年に同フィールド科学教育研究センター教授。今年4月から同センター長。専門は竹生態学、里山資源学。

◆Q&A

Q:荒れた森林では木が密集しているというのなら、最初から間隔を空けて植林できないのか。また、木材利用を考えると針葉樹を中心に植林することになるのかもしれないが、広葉樹や落葉樹も一緒に植える方法は考えられないのか。

A:ちゃんと林業をする場合は、木の密度を考えながら植林する。10~20年たつと隣の木と接触するくらい生長するので、あまり生育の良くないものから切り透かす作業をする。あまり間隔を空けて植えると、木が太るスピードが速くなり、木目の幅が広く、建築材としてはあまり適さない木材ができる。だから、京都の北山杉などでは高い密度で植林している。

 また、針葉樹とともに広葉樹を植える試みは様々なところで行われるようになっている。日本の森林は現在、スギとヒノキが3分の1くらいを占めており、単一化が進んでいる。広葉樹を混ぜて植林することは非常に大事になってくると思う。

Q:少子高齢化が進む今後、山村に人が戻って人口が増え、かつての文化が再生するということは考えにくいのではないか?

A:それは、我々が最終的に成果として報告できるようにしなければならない課題だと自覚している。かつての山間部の自然利用を100とすると、人口が10に減れば、利用される部分も10になってしかるべきだ。その10の部分をちゃんと利用する努力をする。その後で人口を取り戻すことを考えたいと思っている。

(2011年12月20日 読売新聞)

2011-12-23 14:21

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taishibrian

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日本初のエコジョイメント企業=株式会社エコブランドの代表取締役/木こりです。 合コンデザイナーズパートナーズの役員もやってます。

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